債務整理に対応
生産世代(十五歳からユハ十四歳まで)によって老人の生活が支えられているという構図がより明確になれば、そのことに苛立つ青年層もでてくるのは間違いない。
しかも彼らは紛れもなく収入の四割から五割ていどの税金は徴収されるであろうから、「われわれが養っている〝老若戦争〟は「戦争時代より恐ろしい時代となるやも知れず」という懸念はあたっているのではないか。
私は、七十代、八十代の老人と仕事の関係でよく会うのだが、彼らの語る体験にはすでにそういう時代がきていることが窺える。
そういう葛藤や対立は始まっているのだ。
八十三歳の医師(彼は東京下町の地区医師会の役員でもある)が、心底から怒って私に語ったエピソードがある。
その医師(仮にAさんとしよう)が、東京都心のあるホテルでの会合に出席しょうとそのホテルにむかった。
少し早目に最寄りの駅に着いたので、近くの喫茶店に入った。
牛後のひととき、サラリーマンたちがひと休みしていた。
断わってから座った。
Aさんが身体を休めていると、そのサラリーマンは、「あなたたちのためにわれわれの税金、が高い。
あんたたちは税金を払ってもいないのに、大きな顔をしすぎる」と悪日雑言を吐いたという。
Aさんは、内心では君より私の方が税金を払っているよ、といいかけて黙った。
コーヒーをすするのもそこそこに喫茶店を出たという。
老人たちはこのような体験を多かれ少なかれもっているという。
とくに無料パスで交通機関を利用する際に、運転手や駅員から「もっとはっきり見せて」とか、そのパスをとりあげてしげしげと見たりといったことに出会うといっている。
その不愉快さのために、無料パスを利用しない老人も意外に多いというのである。
このような光景が高齢化社会では日常的になるのだろうか。
私が、医療モラルが歪むと危倶するのも、こういうエピソードを幾つも聞かされているからである。
尊厳死や安楽死が、本人の意思を越えて社会の意思になる危険性がまったくないとはいえない。
老人ひとりひとりの意思などよりも、もっと全体の、あるいは公共の意思が優先することがあってはたまらない。
このことは何としても防がねばならないことである。
先の『尊厳死へのパスポート』という書を読んでいて、意外に多いのは医師たちの手記である。
医師の中にも着実に尊厳死に関心をもつ者がふえているのだ。
特に高齢の医師は差し迫った問題として、実にあっさりと、尊厳死を受けいれるべきだと断言する。
たとえば、明治三十二年生まれの私立医科大学の名誉教授は、「人間はすべて死ぬべきものであります。
そして死ぬときまった病気なら、多少死期を早めても、成るだけ苦痛を少なくして死にたいものである。
また死ぬ自分はできるだけ他人に迷惑をかけないで死にたいと思います。
死ぬときまった病人に、無駄な処置をほどこして死期を長引かせる医療行為に反撥します」という一文を寄せている。
死は自然に訪れる、それをそのまま受けいれたいという心境が語られている。
私の知人の七十代の医師もこれまで二回の心臓発作を起こしている。
六十代に入ってからの発作であり、手術を受けるよりも薬と生活態度で治すようにし、もしそれが無理なら死を迎え入れようとの心境をもっている。
なぜそのような考えでいるのか、という私の問いに、病を精神的に克服しつづけることで、治癒させたいと考えるからだしいう。
現代医学の化学療法は、人間の疾病全般に効果があるとは思えない、やはり人間は寿命に従うべきだ、というのである。
私の見るところ、医師は自らの病気に対してはまず精神的な面で受けいれる傾向が強い。
現代医学の限界を日ごろから肌で感じているからであろう。
先の書(『尊厳死へのパスポート』)には、医師自身も患者の死を見るたびに、もし自分だったらどう死を受容するか、どのように死を考えるか、ということに思いを馳せていくという胸中が幾つか書かれている。
そのためにターミナル・ケアこそが大切であり、「自分自身の死生観を形成し、高めていく必要性を感じざるをえなくなった」という本音の吐露が多い。
「人間らしく生き、人間らしく最期の時を迎える。
そのために、精一杯生きる。
この考えが、私自身の人生観」(医師、大正八年生まれ)になったと告白する手記もあった。
医師は医師として悪者と向かいあうときは、その死を見る側にいるが、家族が病気になったり、本人自身が病になったときは、患者の側に立って医療を見つめることになる。
その折りに、担当医が行なっている医療にはなかなか日を挟めないものらしい。
大正十四年生まれの医師が、先の書にこんなことを書いている。
父子ともに医師である。
父親が、脳出血で昏睡状態になり、病院で一年近く生かされたことがあった。
植物状態だったのだろう。
医師である息子は、その治療に対して、「病院の医師のやっていることに口だしするのは‥・…」とその治療を受けいれる以外になかった。
別の例もある。
子供四人が医師という家の父親が悪性腫瘍で倒れ、大学病院に入院した。
子供たちはいずれも延命を願い、結局、最後まで治療を行ない身体がチューブだらけになって臨終を迎えた。
こういう例が自分の周囲には幾つも見受けられるといい、そして次のような結論を兄いだしている。
「私は今まで延命医療を行う医師、及び之を望む家族達は、患者に対する本当の愛情とは別の、自分自身のエゴを通そうとしている人が多いのではないかと考えていたが、そんなに単純なものでなく、このどろどろした社会の様々の仕組み、習慣の中に生きている人々には、各人夫々の考えのある人、ない人で成り立っており、それが裟婆であると思ってもいる」医師たちも社会の枠組みの中で、たとえ自分たちが望んでもそう簡単には自らの考える治療法で対応できるわけではないとのあきらめをもっているということになろう。
そしてこれはきわめて重要な事実である。
高齢化社会となれば、老人悪者にはこれまで長く祉会的な生活を営んできた結果がある。
政治家にも企業経営者にも学者にも、それぞれの生活環境からくる複雑な人間関係が生まれている。
だから、たとえその本人が望んだとしても、そう簡単には結論のだせないことが幾つかある。
たとえば政治を動かしている人物が、自らは尊厳死を希望したとしても実際にその場になれば、それが簡単に受けいれられることはない。
最大限の治療をすることが医師たちの暗黙の諒解になるのである。
医学界の重鎮ともいうべき有力者が、脳障害で倒れ、植物人間の状態になったというその症状は進み、まったく回復の見込みがなくなった。
人工延命装置で生命を保つ以外になかった。
このときに門弟たちの間で、この有力者の治療を果てしなくつづけるか、それともある段階で打ち切るか、という論争があった。
すでに八十代から九十代にかかろうとしているこの有力者には、多くの門弟がいたために、そのひそかな論争ははからずも尊厳死を認めるか否かの意味あいをもったといわれている。
結局、治療がつづけられることになった。
とにかく最新の医学知識と医療技術を用いてこの有力者の回復に期待をかけたのである。
しかし、この有力者は回復しなかった。
昏睡状態で人工延命装置に包まれての生がつづいた。
それが十年近くもつづいて逝った。
もしこの有力者が、そのような立場にいなかったら、こういう治療は行なわれなかっただろう。
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